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2012
06.05

おばあちゃん

おばあちゃんが6月1日の夜に亡くなりました。

82歳だったかな。

晩年はずっと介護施設にいて、歩けなくなり、寝たきりの状態で、胃ろうをしていました。

母は、祖母がやっと楽になれて、悲しみよりもほっとしたと言っていました。

それでも、やっぱりおかあさんは別格です。

これで、私の祖父母は全員他界してしまいました。

私は初孫であり、本当に色んなものを買ってもらったり、可愛がってもらったりしていました。

思い出すことは、小学生のころ、よく遊びに行くと、500円玉をくれて、

「これで好きなおかしを買っておいで〜」

とおこづかいをくれました。

当時の500円は今の1000円くらいかな?

みんなで湯河原の海に行って、帰りにアイス最中を食べたこと。

小田急ロマンスカーに乗ったこと。

引っ越しのとき、仙台まできてくれたこと。

おばあちゃん、おじいちゃんの家が好きでしょっちゅう行っていました。

江戸っ子の祖母は口が悪いので、何度か傷ついたこともありますが、しゃべり方なんですよね。

今ではいい思い出です。

幼い頃、いろんな旅行に連れて行ってくれたり、バレエを観に行ったり、楽しかった。

晩年は、たまにしか会えなかったけど、お正月とか、楽しかった。

祖母はギランバレエ症候群を煩っていて、うまく手が使えなかったり歩けなかったりで、トイレに行くのに転んでから、認知症の症状が出てくるようになってしまいました。

最期は母の顔も分からなかったそうです。

おばあちゃんには、本当に良くしてもらいました。

いい年して、「これで何か買っておいで」とおこづかいを渡されたり、私がイギリスに行く際も、

「次はいつ帰ってくるの?気を付けて」

って。

くだらないことで大笑いしたり、小さい頃から今まで、本当にお世話になりました。

おばあちゃんは、最期は呼吸ができなくなり、亡くなりました。

全身チューブで繋がっていたおばあちゃん

楽になれてよかったね。

おじいちゃんとふたり仲よくね。

先に亡くなったおじいちゃんは、おばあちゃんが心配で心配で、亡くなっていきました。

これで、また夫婦水入らずだね。

たくさんの愛情を生まれた時から与えてくれました。

「かわいい、かわいい」と言ってもらえて、自信に繋がったのはきっとおじいちゃんおばあちゃんのお陰です。

母をなくした、私の母が心配ですが、今は元気。

すべて終ったら喪失感が襲うのでしょう。

もし自分の母が亡くなったら、どうしよう。

私は母が大好きで、何かあったら必ず一番に相談して、アドバイスをもらっています。

母のことばを聞くと安心出来るから。

特に育児のことは夫より、母優先で聞いています。

母が居なくなったら、私はどうやって生きて行けばいいんだろう。

何かあれば、「おかあさん」と声を殺して泣いたりしてます・・・。

そこはやっぱり夫ではないんですよね。

母です。

いまだに信じられませんが、訃報は突然ですね。

親孝行、していかないと間に合わなくなってしまう。

みんなどうぞ健康でいてね。

おばあちゃん、ありがとう!
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